私たち日本人は、安全に対して楽観視しすぎるきらいがあるようです。
四方を海に囲まれた島国という立地に恵まれた事が幸いして、殆ど外敵(異民族)の侵入を受ける
事がなかった国は、世界的に見ても例がないほどです。
周囲のものは皆、同じ民族で同じ言葉を話し同じような考え方をして…という農耕「ムラ」社会の
中、住民同士が互いに見張りあい助け合ってきました。(もっとも、そのぶん、閉鎖的で異民族と
の折衝のヘタな国民性が培われてしまったというマイナスもありましたが。)
そんなムラ社会の中では、個性の尊重よりは協調性と『和』の精神が求められたので、当然犯罪も
少なく、危機意識を持つ必要性も無かったのでしょう。お互いに信頼の絆を繋ぎあって安全な環境
を作ってきたのですから。
また、ごく普通の人々が武器を持って闘うという習慣は殆どありませんでした。
特に、戦国時代終わり、秀吉の刀狩り以来は尚更で、約270年続いた江戸時代に至っては、武士
階級でさえも闘う必要性はなかったのですから、「自分の身は自分で守る」(セルフディフェンス)と
いう自己防衛の考えが身につかなかったのかもしれません。
そして、そのことが安全の過信につながっているのかもしれません。
また、『水に流す』ことを美徳と考える国民性でもあり、嫌な事や悲劇的な事はすみやかに忘れ去
ろうとする傾向があります。こういう考え方は、一面プラスとも言えるのですが、反面では、マイ
ナスに作用します。危機管理能力とは、過去の経験を積み重ねたうえで、さらに将来もしも又同じ
ような事件が起こったら…と想定して準備しないと育たないからです。
しかし、これほどまでに社会のグローバル化と社会全体の変化が進むと、個人レベルでの危機管理
と自己防衛が必至の時代になってきたと言わざるを得ません。